世界には、活かされていない個性が無数に眠っている
株式会社ジコリカイの代表・八木仁平にも、自分のやりたいことがわからない時代があった。だけど、粘り強く自分と向き合ううちに、自分を知ることからすべてははじまると気づく。そうして練り上げられた「自己理解プログラム」は、多くの人の自己理解を深め、「本当にやりたいこと」を導き出してきた。すべての人にはかけがえのない個性があり、誰もがもっと夢中に生きられるー-そう信じる八木の半生と、これから目指す道のりを聞く。
やりたいことがなかった。だから、やりたいことの「見つけ方」を探した。
八木仁平がふと立ち止まったのは、早稲田大学に入って2年ほど経ってからだ。受験勉強を頑張って、早稲田大学に合格した。ずっと続けてきたバドミントンのサークルに入って、友達もできた。それなりに楽しい毎日を送っているのに、これから何をやっていいかわからない。やりたいことがないから、やりたいことを見つけたい。そう思った。
「たぶん当時は、とにかく“すごい人”になりたかったんです。それも、誰かの真似をするんじゃなくて、自分だけのすごさを確立したかったんだと思う。だから、このまま漫然と過ごしてちゃダメだと思って、とりあえずあがきました。堀江貴文さんが本で勧めていたというだけの理由で、ヒッチハイクをやってみたこともあります。コミュニケーションが下手すぎてバイトをクビになったりしていたから、それくらい荒療治すれば治るんじゃない? みたいな期待も持って。だけど、100台ヒッチハイクして西日本を一周しても、あんまり得られるものはありませんでした。自分自身が心からやりたいと思っていない行動だったからでしょうね」
そのあとはできるだけ一人で稼げる方法を探して、せどりやYouTubeのゲーム実況などを通り、ブログにたどり着く。情報を集めて整理することやわかりやすく伝えることは得意だったし、苦にならない。「高田馬場ラーメンまとめ」の記事がバズってから、月10万ほどの収入が得られるようにもなっていた。
ときを前後して就職活動にも取り組み、人気のベンチャー企業から内定を獲得。でも、どうにもしっくりこない。だったらブログで食べていこうと、フリーランスになることを決めた。
「最初のうちは、ページアクセスがとれそうなテーマを考えて、書いて稼ぐのが楽しかったんです。でも1年もしないうちに、自分が書きたい記事よりもお金になりそうな記事を優先しなくちゃならないのが、苦しくなってきました。そのころから自己啓発のジャンルには興味があったけれど、まだうまくコンテンツにできない。そうなると、まずは評価されるために、目先のページアクセスがとれる記事を作らなくちゃならない……。そんな毎日で、だんだんとうつ状態になってしまったんです。自分のなかに基準がないせいで、ページアクセス数やお金みたいな世の中の基準にばかり振り回されてしまっていました」
こんな生き方はいやだと思うあまり、“自分らしさ”への執着が強くなっていたと、八木は当時を振り返る。10代のころは部活も勉強もそつなくこなして成果も出し、それなりに充実した日々を過ごしていた。でも、楽しかった記憶として思い出すのは、自由帳にオリジナルのRPGゲームを書き込んで友達にプレイしてもらった、小学校での一場面だったりする。
「僕が一生懸命つくりだしたもので、友達が夢中になってくれるのが楽しかったんですよ。あの喜びはすごく僕らしかったし、ああいう感覚が再現できたらな、という思いは心のどこかにありました。ヒッチハイクなんかよりもずっと自分らしい“やりたいこと”が、きっとあるはず。そのヒントを見つけるために、まずは自分自身と向き合ってみようと思ったんです」
それから八木はさまざまな本を読み、多くの講座を受けた。とくに、みずからの才能を診断するストレングス・ファインダーは興味深く、結果に基づいたコーチングも受講。自身もストレングス・コーチの資格を取得するまでハマった。
「自分の才能がわかったから、あとはこれを活かしていけば大丈夫かなって思ったときもありました。なのに、ある日の講座で『自分の才能がわかったら、それをどう使っていくかが大切。やりたいことを実現するために使うんだよ』と言われて、愕然としたんです。『えっ、才能とは別に、やりたいこともなきゃだめなの?』って(笑)。そこで改めて、自分への理解をもっと深めなくちゃだめなんだと思い直しました」
自分を知るためのさまざまなアプローチを学ぶうち、八木は、複数のメソッドに関連性があることに気づく。似た内容を別の言葉で説明したりしているだけで、そこには普遍的な定義がありそうだった。
「たとえば、ある本で『興味』と表現している内容は、別の本ではどうやら『情熱』とされている。じゃあ、興味と情熱の共通点は? 興味というタネを育てることで、情熱の大木となっていくんじゃないか? このことをちゃんと定義づけて、もっとシンプルに説明できないだろうか? などと、多くの本から要素を抽象化して、分析・整理をしていきました。この作業がめちゃくちゃ楽しくて……あとから振り返れば、これは僕の才能をよく活かした作業だったんですよね。そうやって抽出してきた要素をまとめるうちに、自分を知ることから“本当にやりたいこと”が導き出せるようになった。そのメソッドが、いまの“自己理解プログラム”の根幹です」
確実に「やりたいこと探し」を終わらせて、いつでも立ち返れる“考え方”を導き出す
自己理解を深めていく過程で、八木は「自己理解という行為そのものが好きだ」と気づいた。どうやらこれが、自分のやりたいことだ。それからは、みずから作りだした自己理解のメソッドを広めていくことに、力を注ぐようになる。整理して分析し、伝えていくことは、八木の才能だった。
現在の自己理解プログラムは全10STEP。各STEPのテーマに基づいて、さまざまなワークに取り組み、自分自身を解き明かしていく。そのなかで自身の「大事なこと」「得意なこと」「好きなこと」が洗い出され、自然と「本当にやりたいこと」が導き出せる仕組みだ。もちろん、このプログラムが形を成すまでの道のりは、平坦ではなかった。
「最初のうちはとにかく多くの人にこのメソッドを届けたくて、セミナーやオンラインサロンを開催していました。でも、考え方はわかってもらえても、参加者が実践するところまでは至らない。だけど僕は、メソッドを伝えた人が本当にやりたいことを見つけて、いきいき輝いてもらうまで、ちゃんとフォローしていきたかったんです。試行錯誤のすえに、動画やワークで学んでもらいながらコーチングで支える、いまのプログラム構成に落ち着きました。
メソッドを、誰でも取り組める汎用的なコンテンツに落とし込むのも大変でしたね。たとえば、『大事なこと』を導き出すワークでは『あなたがこれまでの人生で一番楽しかったことから分かる価値観は何でしょう?』という質問があったんです。でも、体験モニターのなかには、ここでつまずく人が少なくなかった。そこで、質問を『この3年間で一番楽しかったことは?』『その体験のどんなところが楽しかったですか?』『その喜びは、どんな価値観につながっていそうですか?』という三段階に分けたら、ぐっと回答率が上がりました。そうした細かいブラッシュアップを重ねたおかげで、いまは世界中で一番シンプルながら、本質を突いたプログラムになっていると自負しています」
自己理解プログラムのメリットは、手元に「一生使える考え方」が残ることだという。一般的なコーチングサービスは「フロー」で、リアルタイムの気づきは得られるけれども、それをまとめる機会がないから自分のなかに残りにくい。しかし、自己理解のコーチングは「ストック」だ。
「自分が好きなこと、得意なこと。なにを大事にしているか。そして、どんなことがやりたいか。最終的にすべて明確な言葉でアウトプットがなされるため、思考が流れず、蓄積できるんです。たとえばあるとき、自分が立てた目標にワクワクしなくなったとしましょう。それは、得意なことを活かせていなかったり、目標達成したときの結果に対して、自分の価値観がフィットしていなかったりすることが多いんです。でも、手元にはプログラムで導き出した答えが残っているから、迷ったときはいつでもそこに立ち返って、軌道修正できます」
誰もが個性を発揮して、夢中に生きられるように「自己理解」を届けたい。
八木の悩みから生まれた「自己理解プログラム」はいまや、八木だけのものではない。現状にモヤモヤしている人が、みずからのやりたいことを見つけて、夢中で生きられるように――そんな願いを帯びて、多くの人へ伝播しはじめている。著書である「世界一やさしい『やりたいこと』の見つけ方」は出版から2年で27万部のベストセラー。自己理解プログラムは約2年の間順番待ちが続いており、なお受講希望者が後を絶たない。
「社会では『知識やスキルを身につけろ』と言われるけれど、それらは本当にやりたいことを実現するためにあるもの。一番大切なのは、自分が何をしたいかなんですよね。そして、それを知るためにつくったのが『自己理解プログラム』。自己理解は、すべての人に役立つものだと考えています」
プログラムを修了したクライアントが共鳴し、自己理解コーチに転身することも少なくない。株式会社ジコリカイを立ち上げ、チームで動き出したことで、八木自身も新たな景色が見えてきた。
「すべての人には個性があって、それぞれかけがえのない役割があると思うんです。自分の長所で他者に貢献して、短所は互いに補い合う。そうやってすべての個性の役割が充分に発揮され、調和している世の中をつくりたいと考えるようになりました。いまは社会に合わせるために、うわべだけの調和を演じている人が多いと感じます。たとえるなら、魚なのに空を飛ぼうとしたり、鳥なのに泳ごうとしているように。でも、それじゃその人が本来もっている可能性は発揮できないし、自分のことだけで余裕がないから、周りに貢献したいとも感じられません。自己理解プログラムを通じて、一人ひとりが自分の個性を知り、満たせるようになれば、もっと誰もが幸せになれるんじゃないかって‥‥大きなことですが、本気で考えているんです」
そのスタンスは、株式会社ジコリカイというひとつのチームにおいても同じ。スタッフ全員の個性を調和させられるように、相手の特長をよく理解してから、マッチした仕事を割り振る。理想は、それぞれ異なる強みを持ったプロフェッショナル同士が相互補完し合うチームだ。
多くの人を変革しながら進んでいく株式会社ジコリカイは、これから何を目指すのか。最後に尋ねてみた。
「最終目標は、自己理解を教育として普及させることです。『国語・算数・理科・社会・自己理解』というように、自分を理解することは基本4教科を学ぶのと同じくらい大切で、人間に必要な本質。そう考える人が増えたら、世の中が変わっていくと信じています。そのためには、誰もが順序立ててマスターできるよう、自己理解プログラム自体をもっと体系化しなければなりません。だって、算数ってすごいでしょ? 足し算ができたら引き算、次はかけ算やわり算って一つずつステップを上がっていけば、いつか因数分解もできるようになるんです。自己理解でも、いきなり『本当にやりたいことは?』と尋ねるのは、小学一年生に因数分解させるようなものですから」
八木の語る夢が、実現できたなら。それはいまよりもずっと多くの人を、自分の人生に夢中にさせるだろう。
「本質をとらえたベーシックなものは、人生のどんな場面でもどんな場所でも使えるから。現代の日本で通用するだけの理論じゃなくて、自分が死んだあとも誰かの役に立てるような、普遍的なプログラムをつくっていきたい」と、八木は少し照れくさそうに笑う。
彼自身もまた、自分を理解した先で見つけた“本当にやりたいこと”に、いまも邁進している途中なのだ。